洗濯物干しプロジェクトの始まり
行政や研究機関などが行う環境試料の測定では、集塵機を使って空気を吸入しフィルターに付着した放射性物質を測定 (※2) しています。測定結果の単位は1立方メートルあたりのベクレル数で表わされ、Bq/㎥と表記します。
原発事故によって、それまで馴染みがなかったBq/kgという単位が生活に入りこんできたところに、さらにイメージがつかみにくいBq/㎥では、一般のお母さんには余計に把握がしづらいのではないか。そこでふだんの生活用品を使い、それらに付着する放射性セシウムの濃度をBq/kgで見て、肌感覚でイメージしようということで開始したのが、外干しタオルにはじまる洗濯物測定です。
生活用品に関心を持ち測定を進めてきたのは、ふくしま30年プロジェクト内のお母さんスタッフの意見からです。そして、生活用品の放射能測定こそ五感で感じることができない放射能を、肌感覚で感じとるきっかけになるのではないかと思います。
24時間ベランダに干したタオル
洗濯物測定のうちタオル干し測定については、2012年秋、現理事長の佐原真紀から「洗濯物に放射性セシウムがどれくらい付着するのか知りたい」という意見が出たことがきっかけです。
タオルを干した場所は福島市笹谷にある住宅の2階、天井があるベランダの物干しです。11月上旬に新品タオルを使い、水につけ絞ったうえで物干し竿にかけて24時間干しました。検体としてタオルを選択したのは、測定に使用するマリネリ容器に詰めるのに適しているからです。
11月9日にゲルマニウム半導体測定器で測定した結果、セシウム137は2.90 Bq/kg、セシウム134は1.94 Bq/kgを検出しました。合算した放射性セシウムの値は4.84 Bq/kgとなりましたが、これは1 kgあたりの放射能量を表しています。タオル1枚あたりでみると、1枚の重さが50 gなので0.24 Bqの放射性セシウムが付着していたと考えられます。
また、この測定結果は2012年11月9日時点の値なので、セシウム134は現在(2021年1月)よりも高い数値となっています。これはセシウム134の半減期が2年で、セシウム137の30年と比べ圧倒的に減衰が早いからです。
2013年5月から6月にかけての測定
2回目のタオル干し測定は、2013年5月から6月にかけて外部からの依頼で行ないました。1回目の笹谷は外干しのみの測定でしたが、今回は屋内外の差を見たいということから外干し用と部屋干し用のタオルを用意し、干す時間についても前回の倍の48時間に延長しました。これは、部屋干しのタオルであっても放射性セシウムを検出することがあるのか、それを見極めたいということからの延長でした。
測定した結果、外干しタオルでは放射性セシウムを検出、部屋干しタオルについては不検出となりました。屋外であれば四方一面に放射性セシウムが存在しますが、屋内については窓を開け放つか、人や動物等に付着したものが部屋に持ち込まれない限り検出するのは難しくなります。屋内という環境には放射性物質の移動について、一定の遮蔽効果があることがわかります。
外干しタオルからは、放射性セシウムを7.33 Bq/kg検出しました。しかし、タオルを干した時間は笹谷の倍の48時間になること、また、季節が違うこともあり数値の単純比較はできません。ただし、この地域は他に比べ比較的空間線量率が高く、土壌に沈着した放射性セシウムの量も多いことから、干した時間を同じにしても数値が高くなった可能性はあります。
洗濯物干しプロジェクト2016
2016年度は、ふくしま30年プロジェクトが開催するふくしまくらす交流会と連動するかたちで、洗濯物干しプロジェクト2016を企画しました。2013年度にタオル干し測定を行ない、それから3年が経過したところでタオルに付着する放射性セシウムはどうなったのか。今回はふくしまくらす交流会に参加するお母さん方に協力してもらい、福島市近郊の各地域でタオル干しをして、放射性セシウムの数値を比較しました。
原発事故から5年が経ちました。身の回りの放射線量も以前より下がってきましたが、皆さまは洗濯物はどうされているでしょうか。
外に干すと洗濯物にはどのくらいのセシウムが付くの?放射線量が高かった地域はどうなの?1階と2階で干したとき付き方は違うの?など分からないことも多いですね。そこでこの『洗濯物干しプロジェクト』では、様々な地区の皆さんにご協力頂いて5年後の今どの程度の放射性物質が洗濯物に付くのかを実験したいと考えています。
多くの皆様のご協力をお願いいたします。
NPO法人ふくしま30年プロジェクト(2016)洗濯物干しプロジェクト2016参加案内より
2016年度のプロジェクトは複数人が参加するため、仕様書を作成し条件を整えました。フェイスタオルのサイズは34 cm×80 cm、これを外干しと部屋干し用に1枚ずつ用意しました。
タオルの測定結果
洗濯物干しプロジェクト2016では、外干しと部屋干しを合わせて85件のタオルを測定しました。その中で、プロジェクトの声掛けを始めた5月下旬から7月にかけて52件の検体が集まり、これが全体の61%になります。そして7月からの分には、月ごとの変化を見たいということで、定点的に同じ場所でタオルを干して観察したものもあります。
プロジェクトでは、屋内外で1枚ずつ合計2枚の検体セットを用意しましたが、これは2013年までの測定結果から、測定には1枚で十分だろうと考えたからです。セシウム137の検出下限値については、ゲルマニウム半導体検出器で0.5リットルマリネリ容器を使い20時間の測定を行なった結果、1.8 Bq/kg程度となりました。
この場合の検出下限値とは、測定に使用した条件(検体容量と測定時間)でセシウム137が検出する数値の下限を表わしています。そして、不検出の場合はセシウム137がまったく無いのではなく、この測定条件では下限値を上回らなかったということを表しています。
2016年度のプロジェクトで測定を進めていったところ、タオルに付着する放射性セシウムが予想外に少ないことが分かりました。部屋干しタオルはもちろん、ほとんどの外干しタオルが1.8 Bq/kg未満で不検出だったのです。1.8 Bq/kgを超えて検出したのは5検体で、2012~2013年のころと比較するとまったくの予想外の結果となりました。
検出した場合も放射性セシウムの数値は全体的に下がっていて、伊達市霊山町下小国の2階で干したタオルだけが17.2 Bq/kgと飛び抜けて高い数値になりました。ただし、同じ敷地の1階で干したタオルは不検出という結果でした。
17.2 Bq/kgを検出したタオルが飛びぬけて高く特異な例になったことから、念のため、2カ月後に同じ場所(1階・2階)で干したタオルの測定を行ないました。しかし、この測定では両件体ともに不検出となり、また、タオルを干した状況や環境の詳しいの聞き取りまでは行わなかったので、これ以上は不明のままとなっています。
信夫山を背にした地区:福島市大明神
福島市大明神は信夫山の南側の麓にある地区ということで、プロジェクト参加者に協力してもらい、月ごとの測定を3カ月間継続しました。
大明神の6月分は、測定時間を20時間に統一していたので不検出となりました。しかし、継続測定では月ごとの数値を比較するために、あらためて39時間の長時間測定を行ないました。その結果6月は1.64 Bq/kg、 7月は2.75 Bq/kg、8月は2.62 Bq/kgと放射性セシウムがすべての月で確認できました。
大明神に居住していた方はマンションの3階住まいで、位置的に信夫山を背にした形になっていました。たとえ街中の地上3階のマンションであったとしても、目の前に放射性セシウムが集積した山があっては、その影響を受ける可能性があるということがわかります。
洗濯物干しプロジェクトから見える傾向
その後の洗濯物干しプロジェクトの活動は、2016年度プロジェクト参加の方々に引き続きの声掛けをして2018年度まで行ないました。ただし、原発事故から6年が経過したことで、その時点でセシウム134は8分の1、セシウム137は8分の7弱まで減衰しています。そのため、2017年度プロジェクトからは検出下限値を下げて、より微量の数値を見ていくことにしました。
検出下限値を下げるためには測定にかける件体の量を増やすか、測定時間を延長する必要があります。そこで、2017年度プロジェクトからはタオルを2枚使用することで、2016年度プエロジェクトでは1.8 Bq/kg程度だった検出下限値を下げることにしました。
2017年度プロジェクトの測定結果は、「みんなのデータサイト」の東日本ベクレル測定マップにプロットして、結果を視覚的に捉えることも行ないました。検出した数値が2.17 Bq/kgともっとも高かったのは伊達市保原町富沢で、山間の地区であり比較的、空間線量率が高い地域です。そして、福島市内に目を転じると、大明神の他には国道13号線や西道路といった幹線道路に近い地域で検出例が見られます。しかし、この洗濯物干しプロジェクトでは現地環境を調査していませんので、あくまで参考の一つということになります。現地の調査と、その地域の測定数が多くなれば、もっとはっきりしてくるものがあると思います。
また、2017年度と2018年度はタオルの設定枚数を揃えていますので、両年とも参加された方の結果をグラフで比較しました。2017年度の測定でもっとも高かった伊達市保原町富沢や次いで高かった福島市野田町は2018年度には数値が半分以下になり、大幅な減少が見られます。逆に、福島市宮代や福島市大笹生では2017年度は不検出でしたが、2018年度は倍近い数値が検出されています。ただし、この2年間の測定ではタオルを干した時期に3カ月ほどのズレがありますので、季節ごとの影響を考慮すると単純な比較はできません。
それでは福島市周辺では1年間を通すと、放射性セシウムを含むチリが一番舞うのはどの季節になるのでしょうか。福島県が公表している2013年度から2016年度の月間降下物環境放射能測定結果 (※3) からは、放射性セシウムの数値がもっとも高くなるのは2月から4月にかけてということ分かります。また、福島地方気象台の福島県の季節ごとの特徴 (※4) を読むと、3月から4月に強風が多いと書いてあり降下物測定の結果とも符合します。
洗濯物干しプロジェクトのその後
生活に密着したかたちで行なう洗濯物干しプロジェクトの放射能測定は、生活者の記録として大事なものです。2012年、2013年から継続したタオル測定の数値を見ても、生活環境のなかで放射性セシウムが減少していったことが分かります。
ただ、個々の地域に目を向けると、現在も周辺の環境の影響があり、放射性セシウムの数値には濃淡があります。今後、機会があればそれらの地域での測定を再開し、経年の変化を追いかけたいと思います。
※1【市民からの持ち込み測定】
消費者庁では、食品と放射能問題の全国的な広がりを踏まえ、消費者の安全・安心をいっそう確保するため、生産・出荷サイドだけではなく、消費サイドでも食品の安全を確保する取組を進めており、独立行政法人国民生活センターとの共同により、平成23年度から貸与を希望する地方自治体に検査機器を貸与し、消費サイドで食品の放射性物質を検査する体制の整備を支援しています。
出典:消費者庁ウェブサイト 「消費サイドでの放射性物質検査体制の整備について」より引用。
※2【フィルターに付着した放射性セシウムを測定】
原子力発電所など原子力施設から放出される放射性物質の濃度や放射線の量を、測定・監視することを「モニタリング」と言う。原子力施設周辺に、環境モニタリングのための放射線測定装置を設置し、24時間連続的に大気中の放射線を測定し、監視している。これを定点サーベイといい、モニタリングステーション、モニタリングポスト、モニタリングポイントなどがある。空間線量率のほか、ダストサンプラ(集塵器)を併置して、大気中の粉塵を集め、その放射能を測定するものもある。
出典:JAEAウェブサイト 「原子力百科事典サイトATOMICA」定点サーベイより引用。
※3【月間降下物環境放射能測定結果】
正式には放射性降下物のことで、一般にフォールアウトとも呼ばれる。大気圏における核爆発や原子炉の事故における放射性物質の事故による放射性物質の大気中への放出などが原因になり、核分裂生成物を含む放射性の粒状物質が大気中(または成層圏中)に飛散し、これが生活環境に降下したものである。
出典:JAEAウェブサイト 「原子力百科事典サイトATOMICA」降下物より引用。
(環境試料モニタリング)
試料の採取・測定頻度は、大気浮遊じんが1〜3か月ごとに、降下物、降水が一か月ごとに、また、農産食品や海産食品は年に一回収穫期や漁獲期にそれぞれ採取・測定されている。この他、蓄積状況や施設からの異常放出の有無等の把握に役立つ土壌、海底土等は半年〜1年ごと、また、指標生物に関しては四半期ごとに採取、測定されている。
出典:JAEAウェブサイト 「原子力百科事典サイトATOMICA」環境試料モニタリングより引用。
※4【福島県の季節ごとの特徴】
低気圧や高気圧が3~4日おきに通ることが多く、天気は周期的に変化します。時には日本海を北上する低気圧が急速に発達して県内に暴風をもたらすことがあり、10メートル以上の風が吹く日数は、3月から4月にもっとも多くなります。出典:福島地方気象台ウェブサイト「福島県の四季」より引用。